いっちゃん

17才の一子は若い頃美形でしたが、年並みに毛並みが変わりつつあることに気付かされます。鳴き声を聞いた記憶がないほど静かで繊細な猫でした。食事も娘の乙女が先に食べるのを待って食べました。その一子が4ヶ月前からきた仔猫を受け入れられなくてよく鳴き始め、自己主張する激しい変化の最中にあります。それでも「いっちゃん、いっちゃん」と声をかけると、「ハーイ、ハーイ」と答えるように返事する可愛さは変わりません。厳しい暑さがしのぎやすくなり始めた此の頃、一子をモデルに香合を創り始めているところです。

碧君

松山からきた町っ子の仔猫の碧君、四ヶ月になりました。どうしようと思う程のいたづらが落ち着いてきました。安心はできませんが。人好きな猫で抱っこが好きでゴロゴロゴロが続きます。此度外出から帰宅すると玄関で待ってくれていたのは嬉しい驚きでした。家猫になったのかな。

 

一子と碧

一子は大きな目が印象的なきれいなサバ猫です。17年前仕事休暇中の窯場で生まれました。窯の三の間の上の方で兄妹猫の後に隠れてジッと我々をみつめていた姿を思い出します。人になじめない、人を見ると逃げ出すと云う用心深い神経質な猫です。そんな一子が、先頃何をするにも一緒に行動してきた社交的な娘の乙女を腎臓病で亡くしました、一匹になった一子が散歩帰りの私を迎えにきてくれるようになり、その姿をみると愛しく、涙ぐみそうになります。

そんなわけで乙女のような猫がいたら一子も癒されるだろうと、女子の仔猫を捜すことにしました。これはいらぬお世話だったと今、思います。譲り受けた生まれて間もない仔猫は女子のつもりが男子で、そのことに当初から一子は気づいていたのかもしれません。4ヶ月たっても碧を受け付けないのです。もっとも碧は、養老孟司先生の「まる」のようでもなく、今までの我が家の猫達のようでもないタイプです。活動的に走り廻り家中傷だらけにして家族を振り回しています。皆で碧が大人になっておとなしくなる日を切に待っているところです。

 

 

仔猫

以前からの事情で仔猫の女子を探していました。五月生まれの仔猫を気楽な気持ちで譲り受け「ひめ」と名付けました。そのひめちゃん、成長するにつれカーテンをかけのぼる、部屋中をはねまわる、激しいうごきと強い気性、直線的な行動でアスリートそのもの。ちょっと変かな?と思いつつ、七月になるとまさか、なんとまさに男子と判明。サッカーの田中碧さんから名前をお借りして「ひめ」から「碧」に改名したところです。

AIに質問。「長ずるにつれ大人しくなるでしょう。」とか、本当でしょうか?

島育ちの我が家の猫一家。穏和なアーニーなる親猫から代々一族達とおだやかに共存してきた日々。この度予想外の個性にあわて気味です。

それでも「ハードだけど頭はよさそうな甘えん坊で可愛い猫」と思いつつあるバカな飼い主、作家Aの誕生です。

 

えびねらんー2026

えびねらんの群生が咲き始めました。電気炉、ガス窯、と併用しながら我窯は薪を使う登り窯中心で焼成してきました。その準備が仕上がる頃、毎年出会う花です。コロナ後休んでいる窯ですが思い出深い日を重ねてきました。50年記念のDMを見られたW様、Y様からいたわりを込めたお祝いが入りました。誠にありがたくじんわりと長い歳月がよみがえります。

もみじの若葉

雨上がりのもみじの木々、若葉、はっとする美しい一刻です。「又 春になりましたね。」と、東京芸大同期で学問を続ける美術史家の新関公子さんからお便りがありました。年齢と共に何度も迎えてきた春。今や温暖化、不安な世情など暗さただよう昨今です。それでも自然だけは変わらず春を展げてくれていて又、春がきました。

父の仕事

京都鉄道博物館で2025年10月4日~2026年1月12日、「アートする世界の鉄道展」が催されていました。作家Aの父、太田忠(1908ー1971)は、長く新制作協会の会員を続けた画家でしたが、同時に蒸気機関士を勤めていました。当展では所蔵された、風景の中に鉄道をさりげなく描いた絵画六点が展示されています。場所を得てきっと父は安堵出来たと思います。

共通テスト

先週末は、ロープウェイ通りも共通テストに向かう学生さん達をたくさん見かけました。その昔、作家Bの頃は「共通一次」とよんでいたと思います。国語の試験問題ででた柳宗悦の、『「美」という漢字は、「羊」が「大きい」と書く。「大きい羊が美しく見える」、つまり「美」は「本能」だ。』という内容の文章に出会い大変感動した記憶があります。後日、作家Aにその話をして「試験で・・・」とあきれられました。共通一次の思い出です。

檜の香り

本年初頭、暖かい日和に恵まれた1月6日、作家Bに誘われ町立久万美術館へ出かけました。長い道中の途中、鬼北町の市で細かく砕いた檜の袋を見つけました、その香りは中国山脈の盆地育ちの私に故郷を思い出させるもので、奇しくもなつかしさを感じています。

久万美術館前から