三次町ーその5(作陶展を終えて)

三次町出身者とはいえ旅人に過ぎない私の個展に、会場をお貸しくださった三次本通りギャラリーまるてのオーナーご夫妻にお礼申し上げます。私の拙い作品をご覧下さいました方々、また、亡くなって46年になる亡き父、太田忠を語ってくださいました方々、ありがとうございました。これからの作品創りを、もうすこし頑張りたいと思っています。よろしくお願いいたします。

三次町へーその4(尾関山)

作家Aの実家から尾関山は近いので、春は桜、秋は紅葉を楽しみながら友達と将来の夢など高校生らしい大袈裟な話しを語り合いながら散策したものです。尾関山は忠臣蔵の浅野内匠頭の妻[初代三次藩主、長治の娘」阿久里姫の生家があり、七歳まで過ごしたそうです。夫の死後、落飾して瑶泉院となってからは赤穂浪士の討ち入り後、浪士達を支えました。尾関山近くの鳳源寺には大石内蔵助が植えた枝垂桜が美しく咲くと聞いています。

 

三次町へーその3(山内瑠璃子作陶展)

「三次本通りギャラリーまるて」は、訪れた三次の方々が「あの薬局屋さんの…」と、懐かしく語る古い薬局をリフォームしたギャラリーです。今回は10年ぶりの展示です。古い薬棚と象の組み合わせをはじめ、前回以上にギャラリーの個性と作家Aの作品が響きあい楽しい会場になったとお手伝い(作家B)は思いました。

※前回の様子「三次へ②」

三次町へ-その2(浅野三次支藩御家中配置図)

この度の展示会中、森岡晋さんから、船越家所蔵絵図のうち芸藩の侍帖をいただきました。栄えた頃の三次町の成り立ちが何故か三次町の歴史を大切にしたいという自分自身の解答につながりました。年代を重ねた建物である「三次本通りギャラリーまるて」での展示会をよしとする自分の方向性、過去への憧れと夢追いがすこし見えてきました。

「三次本通りギャラリーまるて」入り口

 

三次町へーその1

窯元からタクシーで大島BSで降り、2時間半で広島。広島から1時間半で三次。故郷三次町は東京へ行くより遠く感じる所です。場所の位置関係からか歴史の厚みがそのまま残っていて、特に巴橋から先の三次町は私の好きな所です。いつも三次町の香りを届けてくださる優しい小田夫妻の三次本通りギャラリーまるてで、10年ぶり、個展を催させて頂きました。三次中学時代を共に過ごした友達の暖かさが身にしみ、三次町の文化を考える濃い時を過ごしました。また、自分自身は新たに発展する作品を創りたいという願いがこみ上げています。

三次中学校時代の同級生からいただいた花