愛読書

1947年に発行された寺田寅彦随筆集は何時でも読めるように身近からはなさない愛読書です。物理学者の寅彦は、科学も芸術も人生の記録であり予言であるところにその本質を同じくしている、と言っている人ですから、香気の高い随筆から断片的に拾い読みしても、示唆を与えられたり癒されたりしてきました。コロナ禍に揺れるこの世情は寅彦であればどんな書くものになるでしょうか。

まゆみ

「まゆみ」に至るまで。

 

コロナ禍が少しの間、下降気味でしたがまたもや上昇する不安な日々です。

此度歯の主治医、中村稔先生の病院受付で驚きました。ふと見たカレンダーに探していた花が映っています。これは!名前は「まゆみ」調べてみると花ではなく実でした。山中の我窯付近で乱立した木々の間に見付けた可愛らしい植物。名前がわからず気にかけていました。なぞがとけた年の暮れです。

 

 

秋の山路を歩いて

山芋のつる葉が黄色になって山膚の其処此処を彩っています。それを目で追うと鮮やかに咲いているつわぶき、その先に黄色の花々の群生、マリーゴールドが咲き乱れています。今、マスクをつけて、周囲に心配りをしながら暮らす私たちの特異な日々。自然の中で草木の変わらぬ様子をみるにつけいずれ、今の非日常が今までの日常になる日がくることを彼らは語ってくれているように感じます。

「てくてく展」②

今年はコロナ禍の不安定な時期に展示を催すことになりました。秋晴れの澄んださわやかな日々に恵まれ、我が窯へ足を運んで下さる方々と、お会い出来るのが嬉しくありがたい想いがしみじみ湧いております。会も半ばになりました。後半期も作品をご覧いただけるようお待ちしています。

お抹茶茶碗

山内達雄は印花文を中心とした、いわゆる三島手風器物を多くつくりました。又、とりわけお茶碗つくりには熱意がありました。残念なことは印花文を使ったお茶碗をほとんど残さなかったことです。

作家Aはコロナ禍が始まる前の昨年11月、「茶の湯道具」のIさんから小ぶりの印花文茶碗、30個のご依頼を受け、今年7月、登り窯で焚き上げました。お茶会は一年先に延期された由ですが、先頃お茶碗の方は手渡しを終えました。私としては長年続けてきた仕事の中で初めて手掛けた珍しいものになりました。印花文の細やかな表現は見る人の納得をいただきやすいことなど学ぶことがありました。

改めて山内達雄の印花文茶碗に出逢えない現状が悔やまれます。

山道

島の山中にある窯元へ向かう道はややもすると草生い茂る道中になりかねません。従って展示を催す際は、来訪の方々のご不便を案ずることから始まります。草木の伐採が気がかりなところです。嬉しいことに此度の「てくてく」展では既に部落の方々の手で伐採が終了していました。今日は看板の点検かたがた山道をてくてく歩いてみました。落ちたいが栗や横断中の子亀に出逢いながら、むかごの若い実が風に揺れているのに気付きました。コロナ禍中ではありますが、暑い日々を乗り越えた爽やかな秋を見つけました。

 

コロナとの共生

コロナとの共生を求められながら不透明な対処が不安をつのらせています。そんな折、東大センター研の児玉龍彦先生を中心に世田谷区がリーダーシップを発揮、広くPCR検査が始められようとしていることを知りました。「やってみて走りながら考える」と言われるこの方法で成功例が出来るとワクチンが安定するまでのコロナとの共生が少し楽になるのでは、と久しぶりに前向きな兆を感じました。