モヒカンとウリ坊

暑かった夏も終わり、秋が始まろうとしています。

作家A、Bは干支の制作に取り掛かり始めました。

来年は「イノシシ」。

 

作家Aの香合は“ウリ坊”です。キュートです。

 

 

作家Bのイノシシ、今回のポイントはこちら、モヒカンスタイルです。

粘土

今年の登り窯焼成の時、五年程前に自分が使い切っていなかった粘土が、大バケツ一杯残つていることを発見。この酷暑の日々、早朝のやや涼しい時間帯にその土を使って壺作りをしています。粘土というと、今年17回忌を迎えた山内達雄が1年8ヶ月の闘病中、次の仕事の準備の荒もみ粘土を10玉残していました。作家Aは、主が使えなかった粘土を感慨深く使ったものです。

「Gallery」を更新しました。

今日は暦の上では「立秋」だそうです。連日秋風が恋しくなるような暑さが続いています。

さて当サイトの「ギャラリ-」のコーナーを更新しました。

童傭や食器など、近作中心に少々加えました。旧作と共にご覧いただければ幸いです。

(左から)「古き都の媛皇子」、「ハナ③」、「化粧金彩魚文酒注ぎ」、「練り込み花入れ」

DM

大雨の後には酷暑が続き、今年の夏はずいぶんと厳しいようです。

10月の作家Bのギャラリーアンフィ―ルでの個展のDMが今月末には出来上がるようです。この暑さの中、秋はまだまだ遠く感じられますが、涼しさにほっとした頃に絶句しないよう制作しなければと思う今日この頃です。

 

10月のギャラリーアンフィ―ルでの個展のDM

 

薪の窯④

我窯の薪窯では、「さや」を使用しませんので全体的に還元炎をうけます。それは主として棚組の前列部分で、後方には還元炎がかかりながらも酸化炎のように、やわらかい炎になっていきます。作家Aは主に器物は、練り込み技法と化粧掛けを使用。棚組の後方列に並べる食器類のダメージを少なくする為、窯詰めは、前列に壺であったり象、魚、椅子等大きさのあるシリーズ物を配列します。

「魚の筥」32㎝×17㎝×高さ20㎝

 

薪の窯③

窯の入口は1の間、高さ130㎝、2の間、3の間140㎝と人の出入りに不自由はありません。その為に創る大きさにあまり拘泥する必要がなく、子供達の大きさも、たかさ70センチから80㎝のものを窯焚きの度二、三体いれました。

(左)「古き都の媛皇子」44㎝×40㎝×高さ73㎝

薪の窯②

三室半の窯では、焼成が、ゆきわたる場所と甘い焼成に終わる場所とができます。朝倉窯では三の間、大島窯では一の間後方、そこが子供達の像誕生の場所となりました。薪の窯特有の素朴な焼き上がりから、題材は自然にそったものでした。作り手としては自己感情に無理を強いることなく子供達は土ものらしい優しい表現になりました。

「花守」13㎝×5㎝×高さ28㎝

 

 

 

薪の窯➀

我窯の薪の窯は、1969年、当時の朝倉村に築窯したガス窯にあきたらず1974年、奈良の赤膚焼窯を築窯された駒井さんにお願いした3室半の登り窯から始めました。当初は展示会に合わせて、一年に4度も焼成したものです。山内達雄が2002年に肺がんの為、亡くなってからは、作家Bとその都度2人の若者と4人で年に1度、毎年、焼成を続けてきました。窯出し展はその成果です。

日焼け

先日の登り窯の窯焚きでのこと、作家Bは火に近づき過ぎていたらしく顔が真っ赤になりました。昔、手伝いにきてくれたk君が、炎に魅せられ焚口近くに座り続けて顔を赤くしていたことを思い出しました。窯焚き終了後しばらくで、作家Bは鼻の皮がむけました。夏を前に日焼けです。