俯瞰図③

 

父には3人の恩師と呼ぶ人達がいました。

その中の猪熊先生に当初師事していましたが、先生は東京在住だったので、三次から距離の近い神戸の小磯良平先生に師事しました。それは終生変わりませんでした。

 

 

s-RSCN3984 昭和12年頃 国鉄機関士の服装をした四人、

右から中西利雄、太田忠、猪熊弦一郎、小磯良平

俯瞰図②

 

私(作家A)の父は機関車がとても好きで、国鉄の機関士になり、蒸気機関車SL C5834を運転していました。

しかし汽車と同じ位、それ以上かな、絵を描くことが本当に好きな人でした。私は美術大学に入りましたが、父ほど絵が好きな人を知らない気がしています。私自身は絵をそっけない思いで芸術学科を選びました。父は新制作協会で何度か受賞し、松山の小茂田守介さんと同時期、新制作協会油絵部の会員に選ばれました。44才でした。機関車から見た雪の風景の俯瞰図がテーマで「雪の忠さん」と呼ばれました。

 

 

s-RSCN4018

画・太田忠

店へ

s-DSCN4006

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

練り込み一輪挿し(店頭にて)

 

 

 

 

 

店に行って参りました。

このところの山籠もりのせいか、町に出かける度に季節が変わっているようです。道中の島の八田池周辺の桜は五分咲きでした。島ではサイクリングの人達、ロープウェイ通りには春休みの家族連れと人の流れを見ているといよいよ春本番の様相です。

今回は特売用の追加の品々担いでゆきました。店もいつもと少々違う雰囲気になりますが、賑やかしになればと思います。

 

 

s-DSCN4002

 (中央台と奥の畳の上が特売コーナーです。)

 

俯瞰図-①

 

 

島の山中にある我が家から眼下に津島が見えます。

強い風の時には白い三角波が激しい図柄を描き、一月の満月の夜は銀の板のようになめらかな美しく造形された海がみえます。中国山脈の盆地育ちの私がこの俯瞰図を目にした時の息をのむトキメキは忘れられないものです。

この海域では三原行きの高速船が航行していました。来島大橋が出来サイクリングロード大はやりの此の頃、船で往路を行き来した航路の船はありません。潮の香りや波音が、誰かに静かな刻の流れを感じさせ、誰かが太古に想いをはせるゆとり。生活の便利さが置きざりのものもつくるようです。

 s-DSCN3405エメラルド色の海

文様①

s-DSCN3937 (2) 

 山内達雄は東京芸大金工鋳金科を卒業し、後陶芸を志し砥部で修行の後、

人間国宝加藤土師萌先生に弟子入りしました。生前遺した図案のうち枝垂

れ柳文は常に使用した文様です。現在は娘(作家B)が踏襲しています。

丁度この春先は枝垂れ柳が淡緑の実に美しい頃です。

 

s-DSCN3966 (2) 

Happy Birthday 

 

2010年3月24日、我が家の物置部屋でいちこが嬉々として出産しました。

ドタバタ喜劇のようでした。あれから5年。昨日はいちこの子供達の誕生日でした。

生まれた日時がはっきりしている猫を飼うのは初めてです。一時10匹の大所帯になったうちの猫達は里子や失踪を経て、現在3匹になりました。

s-DSCN2551 (2)

(右 いちこ、左上 乙女、左下 玉三郎)

 

 

 

 

子猫が可愛くて持ったばかりの携帯のカメラで写真を撮りまくっていました。

玉にもこんな時期がありました。

 s-2010052012010000

(左から 玉三郎、横浜に里子にいったちゅらちゃんとにっきちゃん、乙女)

蕗の子

 

私の人形創りのはじまりは道祖神でした。

緊張感ある彫刻と異なり、自然への畏敬の念が雰囲気

として素朴に表現出来たら充分満足なのでした。

蕗の子はその気持ちの裡から生まれたものです。

 

s-RSCN3916

「蕗の子」

 

越前土

 

 

先頃 Hさんから「羊年の夢追い」のような作品を創ってほしいと依頼を受けました。

人形創りはしばらく遠のいていたので新鮮な気持ちでつくれるように思われました。材料土が残っているかとその点だけが気がかりでしたが。朝倉窯(1974年~1994年)から大島窯(1994年~)へ移窯した時期、のぼり窯の器物は越前土を使用することが多かったのです。材料土は幸いにも見つけることが出来、ざっくりして、ねばりのある越前土特有の感覚に懐かしさを覚えながら創っているところです。

 

 

 

s-DSCN2557

 「羊年の夢追い」

窯の修理

 

 

我窯は朝倉窯時代から登り窯を中心にガス窯と併用して焚いていました。山内達雄亡き後はガス窯はそのままに電気炉を併用しています。0.25立法メートルのもので、当初は何度か陶和の細川さんをわずらわせたものです。何時のまにか電気炉にも慣れ、イソタップなどで修繕しながら、いたわりながら使っています。

 

s-DSCN3841